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何もないようで何かがある島
200以上の島々からなる香港は、船の交通も賑やかだ。中環(セントラル)の埠頭からは、観光地としてもメジャーな離島行きのフェリーが出ている。海鮮料理を食べに長州島へ、梅窩のビーチに、ラマ島へハイキング、ディスカバリーベイの友達の家へ。どの島にも何度も行ったことがあるのに、この埠頭から一度も乗ったことのない船があった。坪洲(ペンチャウ)が、今回の小さな旅の行き先だ。
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| 埠頭のまわりの木陰に並ぶ椅子は、指定席? ゆっくり時間が流れる午後/商店街の一角のワインショップの壁には何処かで見たような絵が |
小さな高速船でどんぶらこ
暑い夏の午後、他の離島行きの船よりひと回り小さい高速船に乗った。何の気なしに2階席に行くと、操舵室の扉が開けっ放し。港を離れても扉は閉められることなく、社会見学気分で中の様子を覗き込んでいた。トラックの運ちゃんのような船長さんは、バーの止まり木に背もたれがついたような操舵席で舵をとる(実際、トラックのハンドルのような舵なのだ)。2階のお客は北京語を話すカップルと、島在住らしき中年女性、女子学生の2人組と私。船内のゆるりとした雰囲気とは裏腹に船はざぶん、ざぶんと激しくバウンドしつつ進む。 25分後、島の玄関口に降り立った。
埠頭周辺にはガジュマルの街路樹が大きな木陰をつくっている。その下には誰がどこから運んで来たのか、プラスチックから堂々たる彫り物を施したものまで、形もさまざまな椅子が並べられている。新聞を読んだり、うとうとしたり、世間話をしたり。昼下がりはおじいちゃん、おばあちゃんでほぼ満席だった。
ノスタルジックな商店街を抜けて
坪洲は、ランタオ島の東に、飛行機内で寝るときに首につける空気枕(トラベルピローというのだろうか)のような形で横たわっている。首の後ろにあてがうくびれた部分が島の中心部。北側には海岸線に添った遊歩道があり、南側には島の最高峰(といっても95メートル)の手指山(フィンガーヒル)がある。今日は面積1平方キロ足らずの「トラベルピロー」島の見どころを、夕方まで歩き回るつもりでやってきた。
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| メーンストリートのつきあたりにある天后廟 (右下) 廟に向かって右側が、島の商店街。すれ違うのもやっとの狭い路地は郷愁を誘われる。昼下がりはお客もほとんどなく、店番のおばあ さんの寝息まで聞こえてきそう |
「島歩き」のはじめに、埠頭から続くささやかなメーンストリートのつきあたりの天后廟に「初上陸」のお参りをした。小さな廟には、美空ひばり似の女神さまが祀られ、その横には、線香の煙でいぶされ真っ黒になったクジラのあばら骨が供えられている。昔むかし、浜に打ち上げられたもので、それは400年以上も前のことだそうだ。
廟に向かって右手の路地に入ると、映画のセットに迷い込んだような気分になった。肉屋に八百屋、床屋に雑貨屋に茶餐庁。すれ違う人と肩が触れそうになるほど狭い路地に連なる商店街は、昭和の下町を思い起こさせる。
島に1軒だけ、陶器の手描工房があると聞いていた。住所を頼りに訪ねてみると古ぼけた看板を見つけた。薄暗い店の奥で、筆を動かす女性の姿が見える。
ここはかつて工場の島だった。19世紀初頭には珊瑚や牡蠣殻を原料とした石灰工場が10カ所以上もあり、1960年代にはマッチ、陶磁器、籐製品の製造が盛んだったという。今は人口8,000人の島民の多くが都心に働きに出る。
静かな入り江で見る高層ビル群
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| かつてはこの島の特産物だった中国陶器。今も残る工房はここだけ(超記瓷器:永興街7号)。後を継ぐ人はないのだろうか |
それにしても、この静けさ。自転車を乗り回す子どもたち、放し飼いの犬。そういえば、この島には自動車がないのだった。古ぼけた学校、草木に覆われた廃墟。タイムトリップしたような住宅街を抜けると、目の前に青空が広がった。トラベルピロー島の首の付け根の浜、東湾だ。入り江を見守るように建つ「龍母廟」は、子宝、縁結びの神様。この島の廟は、島の人々が代々大切に守っているからなのか、見かけの派手さはともかく、温かな気が満ちているように感じた。
お参りをすませ、東屋でひと休みしながら入り江の向こうに目を向ける。入道雲。そして、あれはIFC? 違う、九龍駅に建設中のICCだ。いや、両方だ! 香港で文字通り1、2を争う高層ビルが、入り江に浮かぶ小島を行司に、はっけよい、と見合っているようだ。香港島と九龍半島が地続きのようにも見える。左手には、空港に続くハープ橋。ここは観光客もほとんど見かけない、パノラマビューの穴場かもしれない。
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| 家楽径(ファミリーウォーク)を歩く。バナナの木や笹が茂る散策路に、突然廃墟が現れたかと思うと、人の暮らしの気配もあり、島の長い歴史を感じる。海岸線に添った北坪洲ウォーキングトレイルからは九龍、香港両サイドのパノラマビュー、ディズニーランドが一望。海風が心地よい |
東屋の先を左に折れて、「家楽径(ファミリーウォーク)」を歩き出す。道沿いには畑が続き、小さな家がぽつり、ぽつりとある。鳥のさえずる声がひときわ大きく感じられるころ、周りはバナナや竹が生い茂り、日陰が嬉しい。草木の懐かしい匂い。田舎のおばあちゃんの家。川に行く途中の田んぼのあぜ道。子供のころの夏休みを思い出していた。
道なりに丘を越えると、海外線に出た。ここから先は「北坪洲ウォーキングトレイル」。よく整備された遊歩道の対岸にはディズニーランドも見える。道なりに小1時間ほど歩いただろうか。島を半周して、埠頭の近くに出た。それでもまだまだ日は高い。小さな旅の締めくくりはトラベルピロー島の南側のふくらみ、「坪洲ピーク」を目指すことにした。
300段を上って島を一望
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| 東湾に建つ、海の女神を祀る龍母廟 |
街の中心に戻る。坪洲ピーク、手指山へは街中の道標に従って歩く。住宅街をあっという間に通り抜け、遊歩道を上りはじめるといきなりお墓があり、思わず親指を隠して握りこぶしを作る。見晴らしのいい山の斜面に先祖代々の墓をつくるこちらの人の風習に、離島歩きをしているとドキリとさせられることがある。
休息所が見えたところで左に曲がると、長い階段が山頂に向かって伸びていた。まだあるの? というほど階段は続く。肩で息をしながら振り返ると、きらめく海、行き交う貨物船。おだやかな景色に元気をもらって頂上にたどり着けば、今度は360度のパノラマビューのご褒美が待っていた。ついさっき歩いた街並みを地図さながらに見下ろす心地よさ。
手指山を下りると、ようやく日が傾きはじめた。ガジュマルの樹の下の椅子は空席だらけとなり、埠頭に着く船からは都心で仕事を終えた人たちが続々と下りてくる。もうすぐ夕ご飯の時間。埠頭の周りには観光客向けの海鮮料理屋も土産物屋もない。けれど、歩いてみれば島の歴史や、人々の暮らし、大切に受け継がれる伝統が垣間見られる素朴な島だった。
都会の喧噪は、海の向こうのたった8キロ先にある。(取材・文/八尋利恵)
INFORMATION
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【坪洲への行き方】 |
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